福岡高等裁判所 昭和43年(う)146号 判決 1969年3月10日
被告人 宮部常信 外一名
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、全部被告人らの連帯負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人立木豊地、同林健一郎(連名)提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
同控訴趣意第一点(事実誤認)について。
所論は、昭和三八年一〇月一日午前七時三〇分、山田出張所階下事務室において山田地区全日自労組合員一〇〇名ぐらいが、立塚所長と約三〇分程度長期継続紹介をめぐつて交渉をなし、立塚所長の一方的な交渉打切りの宣言直後に、その場に居た組合員や職員ら約一〇〇名をこえる集団が、ひとかたまりとなつて混乱したことはあるが、その際、被告人両名は終始、自ら有形力の行使や脅迫的言動に出たことはなく、本件現場において、他の組合員との意思連絡もなかつたので、共謀の事実もない。これを認めた原判決は、事実を誤認したものであるから、破棄を免れないというに帰する。
しかし、原判決挙示の証拠を総合すれば、原判示事実は、優に認められ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌しても、所論のような事実誤認を発見することはできない。すなわち、被告人らは、福岡県全日本自由労働組合福岡県支部飯塚分会山田地区労働組合員であつて、かねてから福岡県飯塚職業安定所山田出張所が、昭和三八年九月九日実施した失対労働者の長期継続紹介に反対していたものであるが、同出張所が引き続き同年一〇月一日から向う一ヶ月の継続紹介を行なうことにしたため、右長期継続紹介を撤回させ、一週間紹介に変更させようとして、同日午前七時二五分ころ、被告人らは、他の労働組合員とともに、同出張所玄関口から階下事務室内に一団となつて立ち入り、折から職員の職業紹介業務の督励監督のため、同室の中村業務係員のいすに腰掛けていた同出張所所長立塚常盤に向い、被告人宮部が主となつて一ヶ月紹介を撤回するように激しく抗議したけれども、同出張所長は、これに応ぜず、他の一般業務にもさしつかえることをおもんぱかつて話合いの打切りを宣言し、同日午前七時五〇分ころ、二階出張所長室において通常業務を執行するため、いすより立ち上ろうとしたので、被告人らはこれに激昂し、原判示のような暴行に及んだものであるところ、
(一) 被告人宮部は、同出張所長がいすから立ち上つた直前まで、机をはさんで相対していたものであるが、中村係員の机の右側を通つて、同出張所長に密着するように、その前にたちふさがり「なぜ逃げるのか。」と怒号し、これがきつかけとなり、他の多数労組員の原判示のような怒号と暴行がはじまつたことが認められる。しかして、同被告人は、出張所長の二階へ行くのを止めたが両手で押したことはないというけれども、相対して肩で押し合い、又は両手で胸を押し、後から押してくる労組員と一緒になつて押戻していたこと、その際被告人土橋も、出張所長の右手首や右袖を掴んで引張つていたことが認められ、これらは明らかに同出張所長に対する意識的な有形力の行使というべきである。
(二) 次に、本件につき、いわゆる現場共謀を認定した点についても過誤は認められない。およそ共謀を認定するにあたり、被告人らが現場に在り、且つ、犯行を認識していたというだけでは足りず少くとも現場共謀が成立するためには、被告人ら相互の積極的な意思の連絡が個別的具体的行動中に認められ得る場合でなければならないことは所論のとおりであるが、前示のように被告人ら労組員は一ヶ月の継続紹介に抗議し、これを撤回させたうえ、一週間の継続紹介をさせる目的の下に集合して押しかけたものであり被告人宮部は同労働組合山田地区組織部長で、立塚出張所長に対する右抗議の中心的人物であつて、同被告人が、右出張所長に向い「逃げるのか」と怒号しながら立上るや、これに呼応して他の労組員五、六〇名が一せいに怒号や掛声を発しながら、原判示のような暴行をはじめ、同被告人は、同出張所長の前に立ち塞りその胸部を後の労組員とともに押戻し、被告人土橋も、前記のとおり、同出張所長の右手首などを掴んで引張つていることに徴すれば、原判示所為につき被告人ら労組員五、六〇名相互の間に意思の連絡が生じたと認めるに十分であり、当審における事実取調べの結果をもつてしても、これをくつがえすことはできない。
したがつて、被告人らの暴行の事実並びに現場共謀を認定した原判決には、事実の誤認はなく、論旨は理由がない。
同控訴趣意第二点(法令解釈適用の誤り(一))について。
所論は、被告人らの本件交渉は、憲法二八条の保障する団体交渉権の行使であり、被告人ら全日本自由労働組合の組合員は、右出張所長に対して、同出張所が長期紹介を行い始めたことについて、交渉を行つていたものであるが、右出張所長において、交渉の途中で一方的に交渉を打ちきつて逃げだそうとしたため本件が起きたのである。従つて、右交渉は正当な団体交渉権の行使であり、被告人らが多少実力を行使したことがあつたとしても、労働組合法一条二項により刑法三五条が適用され犯罪は成立しないものというべきである。故に、被告人らの前記出張所に対する団体交渉権を否定し、公務執行妨害罪を是認した原判決は、法令の解釈を誤り、その結果、法令の適用を誤つたものであつて、右の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄すべきであるというにある。
しかし、就労の紹介斡旋の機関たるにすぎないものに対し、被紹介者たる労働者側に労働法上の団体交渉権が存するものとはいいがたいので、その意味において、団体交渉権を否定せる原判決は相当というべきである。尤も失対労働者に対する就労関係については、職業安定所が一般的な職業紹介と異なる特殊のはたらきをすることすなわち、右労働者は、緊急失業対策法一〇条一項により、公共職業安定所の紹介するものでなければならず、いいかえれば、右労働者は、職業安定所の紹介を経なければ事業主体がある国又は地方公共団体に雇傭され得ない関係にあるため、職業安定所は、本来の使用者自体ではないが、労使関係の重要な関係者であるところより、失対労働者が職業安定所に対し、法の保障する折衝手段を全く保有しないとすれば、同労働者の保護に欠けるおそれが生ずることにかんがみ、仮に失対労働者が職業安定所に対し、何らかの団体行動権を有するとしても、被告人らは、原判示山田出張所に押しかけ、公務執行中の事務室において、前示のような怒号と暴行の状態を惹き起し、立塚出張所長らに暴力を振るい、もつて公務の執行を妨害したものであるから、団体行動権行使の正当な限界を逸脱したものというべきである。したがつて、原判決が被告人らの原判示の所為に対し、刑法三五条を適用せず、同法九五条一項を適用処断していることは、法律の解釈、適用を誤つたものではなく、論旨は理由がない。
同控訴趣意第三点(法令解釈適用の誤り(二))について。
所論は、仮に被告人らの交渉が憲法二八条に保障されている団体交渉にあたらないとしても、前記出張所長は約三〇分にわたつて、交渉に応じていたものであるから、一方的な交渉打切の宣言によつて、直ちに公務の執行の着手があつたと認めることはできない。したがつて、公務執行妨害罪にいう公務の執行に着手しようとする場合に該当しないにかかわらず、これを是認した原判決は、法令の解釈適用を誤つたもので、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというにある。
しかし、原判決が弁護人の主張に対する判断において、説示しているとおり、立塚出張所長らが長期継続紹介に応ずるように呼びかけていた際、これに対する被告人らその他の労組員が事務室内に押しかけて来て右出張所長に対し、長期継続紹介を撤回するよう迫つて集団的抗議を続け、これに対し、同出張所長が被告人らの交渉に応待したというよりも、被告人らに対し、一ヶ月の長期継続紹介に応ずるように説得していたもので、自ら職業紹介の職務を執行したというべきで薗田係長も同様に解することができ同出張所長や同係長の職務は継続して執行されていたと見るのが相当であり、これに対し、判示のとおり約三〇分間にわたる労組員の怒号と暴行の状態を惹き起し、同出張所長らに暴力を加えたものであるから、両名に対する公務執行妨害の成立を否定することができず、原判決には、この点についても法令の解釈、適用の誤りはなく、論旨は理由がない。
そこで刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は、同法一八一条一項本文、一八二条により、全部被告人らの連帯負担とする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 塚本冨士男 平田勝雅 高井清次)